将棋の日
歴史的記念日最終更新:
11月17日「将棋の日」とは
将棋の日は、日本将棋連盟が1975年(昭和50年)に11月17日と定めた記念日です。江戸時代、将棋好きだった8代将軍・徳川吉宗の代の1716年(享保元年)から、毎年旧暦11月17日に、江戸城で将軍の前で対局する「御城将棋(おしろしょうぎ)」が行われるようになりました。これにちなんで、新暦の11月17日が「将棋の日」になりました。この時期には、将棋の普及と、ファンとの交流のためのイベントが全国で開かれます。
御城将棋と将棋の歴史
将棋は、古代インドのチャトランガがもとになったと考えられています。日本への伝来時期には諸説あり、文献で最も古いのは、平安時代の『新猿楽記』(1058年〜1064年頃)とされます。奈良の興福寺の境内からは、1058年と書かれた木簡とともに、将棋の駒が出土しています。江戸時代に入ると、徳川家康が将棋を囲碁とともに幕府の公認としました。
- 1612年頃:江戸幕府が、将棋と囲碁の名手だった大橋宗桂らに俸禄を支給。将棋は囲碁とともに幕府公認となり、宗桂の後継者は「将棋所」を名乗った。のちに大橋家、大橋分家、伊藤家の3家が家元となり、最強の者が「名人」を称した
- 1680年頃:将軍の前で指す「御城将棋」が、公務として行われるようになった
- 1716年:徳川吉宗の代から、年に1度、旧暦11月17日に御城将棋を行うことが定まった
- 1975年:日本将棋連盟が11月17日を「将棋の日」と制定。第1回のイベントは蔵前国技館で行われ、大山康晴と中原誠のタイトル戦が土俵の上で指された。芹沢博文の企画で、4メートルを超える大盤が用意され、奨励会員が駒を動かした
日本の将棋の特徴と、藤井聡太
日本の将棋は、取った相手の駒を自分の駒として使える「持ち駒」のルールが古くからあり、これは他国のチャトランガ系のゲームには例のない独特のルールとされます。近年の将棋人気を語るうえで欠かせないのが藤井聡太です。2016年10月1日に、当時の史上最年少となる14歳2か月でプロ入り(四段昇段)し、2023年には史上初の八大タイトル独占(八冠)を達成しました。
今日の過ごし方
- 駒の動かし方を覚える。将棋は9×9マスの盤と40枚の駒を使う。王将、飛車、角行など、種類ごとの動きを一つずつ確かめる
- 無料アプリで、初心者向けの対局や詰将棋(あと数手で王様を詰ませるパズル)に挑戦する。昼休みの短い時間でも遊べる
- 地域の将棋教室や道場、将棋の日にあわせて開かれるイベントを調べてみる。棋士との指導対局が行われることもある
- 将棋の話題を同僚に振ってみる。「取った駒が使える」ルールは、人の力を生かす話にも例えやすい
伝統と、今のブーム
将棋の日には、毎年、将棋会館と関西将棋会館で「将棋の日」表彰・感謝の式典が開かれ、棋界の発展に尽くした個人や団体への感謝状の贈呈や、棋士の表彰が行われます。各地のイベントでは、棋士や女流棋士との指導対局、大盤解説、公開対局などがあり、初心者でも楽しめます。日本将棋連盟が主催するイベントのうち、NHKの協力で開かれ、年末にテレビ放送される「将棋の日」イベントは、最も規模が大きいものです。名人の称号が、江戸時代の将棋の家元の頂点に由来するように、将棋には長い歴史が息づいています。今日は、その歴史と、身近な一局に思いをはせてみましょう。ちなみに囲碁は、2013年に日本棋院などが1月5日を「囲碁の日」と定めています。
朝礼・スピーチで使える一言ネタ
今日11月17日は「将棋の日」です。江戸時代、将棋好きだった徳川吉宗の頃に、この日に将軍の前で対局する「御城将棋」が行われていたことにちなみ、日本将棋連盟が1975年に制定しました。将棋は取った駒を自分の戦力として使えるのが特徴です。仕事でも、身近な人の力をうまく生かしていきたいですね。
朝礼・社内報・スピーチの話題にそのままお使いいただけます。
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