ボーイズビーアンビシャスデー
歴史的記念日最終更新:
ボーイズ・ビー・アンビシャス・デーとは
毎年4月16日は「ボーイズ・ビー・アンビシャス・デー」です。1877年(明治10年)4月16日、札幌農学校(現在の北海道大学)の教頭を務めたアメリカ人教育者のウィリアム・スミス・クラークが、「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」という言葉を残して札幌を去ったことに由来しています。近代日本の教育史を象徴する出来事の一つとして知られています。
ウィリアム・スミス・クラークとは
ウィリアム・スミス・クラークは、日本の近代教育に大きな影響を与えた人物です。日本では「クラーク博士」として親しまれています。
- 氏名: William Smith Clark(1826年〜1886年)
- 出身: アメリカ・マサチューセッツ州
- 来日: 1876年(明治9年)。当時はマサチューセッツ農科大学の学長で、1年間の休暇を使っての来日だった
- 役職: 札幌農学校の初代教頭
クラークが札幌に滞在したのは1876年7月末から翌年4月までの9か月足らずでしたが、その短い期間に学生たちへ大きな影響を残しました。
「Boys, be ambitious」という言葉
「Boys, be ambitious」は、クラークが札幌を離れる際、見送りに来た1期生たちとの別れの場で残した言葉として広く知られています。別れの場所は、札幌郊外の島松(現在の北海道北広島市)にあった島松駅逓所とされています。この言葉は、日本において志や向学心を象徴する言葉として定着しました。
札幌農学校と近代教育
札幌農学校は、日本の高等教育の発展において重要な役割を果たしました。
- 開校: 1876年(明治9年)8月に開校。学士の称号を授与できる、日本で最初期の学位授与機関でした
- 教育内容: 農学だけでなく、化学、植物学、英語など幅広い学問が教えられていました。
- 教育方法: クラークは自ら模範となって学生を励まし、学生が自分で考えて学ぶ姿勢を大切にしたとされています。
- 卒業生: クラークが去った後に入学した2期生からは、新渡戸稲造や内村鑑三といった人物が育ちました。
ボーイズ・ビー・アンビシャスにまつわる豆知識
- クラーク像: さっぽろ羊ヶ丘展望台にある、右手を掲げた全身像「丘の上のクラーク」や、北海道大学構内の胸像がよく知られています。
- 言葉の解釈: 「ambitious」は、クラークがふだんから好んで使った言葉だったことが研究で指摘されています。現在では、性別に限らず志を持つことを励ます言葉として受け止められています。
- 帰国後のクラーク: 帰国後の人生は順調とはいえず、事業の失敗などに苦しみましたが、晩年まで札幌での日々を大切に思っていたと伝えられています。
ボーイズ・ビー・アンビシャス・デーの過ごし方のヒント
- ウィリアム・スミス・クラークや札幌農学校について調べてみる
- 明治時代の教育制度や、近代日本における学問の位置づけを整理する
- 言葉が生まれた歴史的背景と、現代での受け止め方を比べてみる
- 新年度に立てた自分の目標を、あらためて書き出してみる
「志」という言葉の原点を知る日
4月16日の「ボーイズ・ビー・アンビシャス・デー」は、有名な言葉が生まれた背景を知り、日本の近代教育の歩みを振り返る記念日です。わずか9か月足らずの滞在で、今も語り継がれる言葉を残したクラーク。その言葉にふれながら、自分の「大志」を少しだけ思い出してみてはいかがでしょうか。
朝礼・スピーチで使える一言ネタ
今日4月16日は「ボーイズビーアンビシャスデー」です。1877年のこの日、クラーク博士が「少年よ、大志を抱け」の言葉を残して札幌を去りました。実は札幌にいたのは9か月足らず。短い期間でも人の心に残る言葉は生まれるものですね。新年度の目標、今日もう一度見返してみませんか。
朝礼・社内報・スピーチの話題にそのままお使いいただけます。