1月 13日

咸臨丸出航記念日

歴史的記念日

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咸臨丸出航記念日とは

毎年1月13日は「咸臨丸出航記念日」です。1860年(安政7年、この年3月に万延と改元)の旧暦1月13日、日米修好通商条約の批准書交換に向かう使節団の随行艦として、咸臨丸が品川沖を出航しました。この航海は、鎖国から開国へと大きく舵を切った幕末日本の象徴的な出来事として、歴史に刻まれています。

咸臨丸とは

咸臨丸はオランダで建造された木造の軍艦で、全長約49メートル、3本マストを備えた蒸気コルベットです。「咸臨」という名は、中国の古典『易経』に由来し「君臣が互いに親しみ合う」という意味を持ちます。1857年に完成して日本へ送られ、長崎海軍伝習所の練習艦として使われました。

太平洋横断の目的

この航海の目的は、日米修好通商条約の批准書を交換する遣米使節団への随行でした。正使らの一行はアメリカ軍艦ポーハタン号に乗船し、咸臨丸はその別船として派遣されることになりました。

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乗船した偉人たち

咸臨丸には、後の日本を動かすことになる錚々たる顔ぶれが乗り込んでいました。彼らがこの航海で得た経験と見聞は、その後の人生と日本の近代化に大きな影響を与えることになります。

勝海舟

軍艦操練教授方頭取として乗船した勝海舟は、対外的には艦長と説明されていました(提督役は軍艦奉行の木村摂津守喜毅)。航海中はひどい船酔いに悩まされたと伝えられていますが、この経験はのちに軍艦奉行として海軍の育成に携わる際の糧となりました。

福沢諭吉

20代半ばだった福沢諭吉は、軍艦奉行・木村摂津守の従者として乗船しました。サンフランシスコで目にしたアメリカ社会の姿は、のちの『西洋事情』などの著作や啓蒙活動に大きな影響を与えました。

ジョン万次郎

漂流後アメリカで教育を受けた経験を持つジョン万次郎(中浜万次郎)は、通訳として乗船しました。航海術の心得もあり、同乗したアメリカ人との橋渡し役を務めました。

37日間の航海

咸臨丸は品川を出港後、浦賀でアメリカ海軍のジョン・ブルック大尉ら11名を乗せ、旧暦1月19日に太平洋へ乗り出しました。出港直後から荒天に見舞われて船は各所を破損し、往路はブルック大尉らアメリカ人乗組員の助けが大きかったとされています。それでも旧暦2月26日(新暦3月17日)にサンフランシスコに入港。浦賀から約37日間の航海でした。

この日に思いを馳せたいこと

  • 未知の世界へ挑戦した先人たちの勇気
  • 困難を乗り越えて目標を達成する精神
  • 新しい知識や文化を吸収する柔軟性
  • 日本の近代化を支えた人々の志

咸臨丸が残したもの

この航海は、幕府の船として初めて太平洋を往復した快挙であり、乗り組んだ人々が西洋の技術や社会をじかに学ぶ大きな機会となりました。咸臨丸出航記念日は、変革期に果敢に挑戦した先人たちの精神を思い起こし、新たな一歩を踏み出す勇気をもらえる日といえるでしょう。

朝礼・スピーチで使える一言ネタ

今日1月13日は『咸臨丸出航記念日』です。1860年のこの日(旧暦)、勝海舟や福沢諭吉を乗せた咸臨丸が品川沖を出航しました。実は往路は大荒れで、同乗したアメリカ人乗組員の助けが大きかったそうです。初めての挑戦は、頼れる人の力を借りてもいい。そう思うと少し気が楽になりますね。

朝礼・社内報・スピーチの話題にそのままお使いいただけます。

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