11月
9日
ベルリンの壁崩壊記念日
世界の記念日11月9日「ベルリンの壁崩壊」とは
1989年11月9日、東ドイツ政府が市民の自由な往来を認める声明を発表したことを受け、ベルリン市民たちが壁に押し寄せ、東西を隔てていたベルリンの壁が崩壊しました。28年間にわたって分断を象徴してきた壁が瞬く間に取り壊され、冷戦終結の象徴的な出来事として歴史に刻まれています。翌1990年10月には東西ドイツが統一を果たしました。
ベルリンの壁とはどんなものだったか
ベルリンの壁は1961年8月13日に建設が始まりました。東ドイツ(ドイツ民主共和国)が西ベルリンへの人口流出を止めるために造ったコンクリートの壁で、全長は約155キロメートルにわたり、西ベルリンをぐるりと取り囲む形になっていました。壁には監視塔が設けられ、武装した国境警備隊が配置されていました。壁が存在した28年間に、壁を越えようとして命を落とした人は140人以上とされています。
壁崩壊の夜に何が起きたか
1989年11月9日夜、東ドイツの政府報道官ギュンター・シャボウスキーが記者会見で旅行の自由化を発表する際、実施時期を「ただちに、遅滞なく」と誤って伝えました。この発言がラジオ・テレビで流れると、何万人もの東ベルリン市民が国境の検問所に押し寄せ、圧倒された国境警備隊が門を開放。市民は歓声の中でハンマーで壁を壊し始めました。
ベルリンの壁崩壊が世界に与えた影響
- 東欧の共産主義政権が次々と崩壊(ビロード革命など)
- 1990年10月3日、東西ドイツが統一
- 1991年12月、ソビエト連邦が解体し、冷戦が終結
- 「自由・民主主義」の価値が世界的に再確認される契機に
現在のベルリン
壁の一部はEast Side Galleryとして保存・公開されており、世界中からアーティストが描いた壁画が並ぶ野外ギャラリーとして観光名所になっています。ベルリン市内には壁の跡が石畳の線で示されており、当時を物語る博物館「チェックポイント・チャーリー」も残っています。自由を求めた人々の意志と歴史の転換点を、現地で肌で感じることができます。
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