4月
3日
いんげん豆の日
食べ物の日最終更新:
いんげん豆の日とは
毎年4月3日は「いんげん豆の日」です。明(中国)から来日し、日本に「いんげん豆」をもたらしたとされる僧侶・隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師の命日、延宝元年4月3日(旧暦。新暦では1673年5月19日)にちなみます。隠元禅師は黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖で、豆だけでなく、煎茶の飲み方や普茶料理など、さまざまな中国の文化を日本に伝えました。禅師の功績をしのび、身近な食材であるいんげん豆に目を向ける日です。
隠元禅師と食文化の歴史
「いんげん豆」という名前そのものが、一人の高僧の名に由来しているという珍しい歴史があります。
- 来日と萬福寺: 隠元禅師は中国福建省の出身で、1654年(承応3年)に弟子たちを連れて長崎に来航しました。のちに将軍徳川家綱から京都・宇治に土地を与えられ、1661年に母国の寺と同じ名を持つ黄檗山萬福寺を開きました。
- 普茶料理(ふちゃりょうり): 隠元禅師は、中国式の精進料理である「普茶料理」を広めました。大皿に盛った料理を皆で取り分けて食べるスタイルが特徴で、今も萬福寺などで味わうことができます。
- 当初の「いんげん豆」: 隠元禅師が持ち込んだのは、現在の「フジマメ(藤豆)」だったという説もあります。そのため関西では、フジマメのことを「インゲンマメ」と呼ぶことがあります。
いんげん豆の基本
いんげん豆は中南米原産のマメ科の作物で、ヨーロッパに伝わった後、ユーラシア大陸を経て中国から日本へ伝わったとされます。
- 豆としても、さやとしても: 完熟した豆は煮豆や甘納豆、白あんなどに使われ、若いさやは「さやいんげん」として野菜のように食べられます。金時豆や白花豆、うずら豆なども、いんげん豆の仲間です。
- しっかり加熱するのが基本: 乾燥したいんげん豆には、加熱が不十分だと食中毒の原因になる成分(レクチン)が含まれています。十分に水で戻し、よく煮てから食べるのが大切です。
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いんげん豆にまつわる興味深い知識
- 隠元禅師が伝えたとされるもの: 煎茶の製法と飲み方のほか、木魚なども隠元禅師の来日とともに伝わったとされます。また、ところてんを凍らせて作る乾物に「寒天」と名付けたのも隠元禅師だといわれています。
- 書の名手: 隠元禅師は書でも知られ、弟子の木庵・即非とともに「黄檗の三筆」と呼ばれています。
- 「三度豆(さんどまめ)」: 関西地方などでは、さやいんげんを「三度豆」と呼びます。一年に三度も収穫できるほど成長が早いことに由来するといわれます。
- つるあり・つるなし: いんげん豆には、つるを長く伸ばす「つるあり種」と、背丈の低い「つるなし種」があります。つるなし種はプランターでも育てやすい品種です。
- 世界での呼び名: 英語では、豆は「kidney bean(腎臓の形の豆)」、さやいんげんは「green bean」などと呼ばれます。
いんげん豆の日を過ごすヒント
- ごま和えや天ぷら、煮豆など、いんげん豆を使った料理を献立に取り入れてみる
- 京都・宇治の萬福寺や普茶料理について調べ、隠元禅師が伝えた文化に触れてみる
- 金時豆や白花豆など、いんげん豆の仲間の違いを食べ比べてみる
- プランターでつるなしのいんげん豆を育ててみる
一粒の豆に宿る、海を越えて届いた文化
4月3日は、海を越えてやってきた一人の禅僧が、日本の食文化をどれほど豊かにしてくれたかに思いを馳せる日です。いつもの食卓に並ぶいんげん豆にも、そんな歴史が詰まっています。今日はいんげん豆の一品を味わいながら、身近な食べ物のルーツに目を向けてみてはいかがでしょうか。
朝礼・スピーチで使える一言ネタ
今日4月3日は「いんげん豆の日」です。いんげん豆の名を残した隠元禅師の命日にちなむ日で、禅師は「寒天」の名付け親ともいわれます。お弁当のさやいんげんにも、海を越えてきた歴史があるんですね。今日の昼食は豆料理を選んでみませんか。
朝礼・社内報・スピーチの話題にそのままお使いいただけます。
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