フライドチキンの日
食べ物の日最終更新:
11月21日「フライドチキンの日」とは
1970年(昭和45年)11月21日、日本のケンタッキーフライドチキン(KFC)の1号店「名西店」が、名古屋市西区のダイヤモンドシティ・名西ショッピングセンター内に開店しました。この開店日にちなんで、11月21日は「フライドチキンの日」として知られています。この記念日は、ケンタッキーフライドチキンを運営する日本KFCホールディングス株式会社が制定し、日本記念日協会に認定・登録されています。2号店は11月27日、大阪市東住吉区のショッピングセンター内で、日本万国博覧会で使われた店舗を移築して開店しています。
日本KFCの始まり
日本KFCの歩みは、1970年の大阪万博から始まりました。3月に万博会場でアメリカKFCの実験店を出したところ、1日の売上が最高280万円に達したといいます。7月には、アメリカのケンタッキー・フライド・チキン・コーポレーションと三菱商事の折半出資で、資本金7,200万円の日本ケンタッキー・フライド・チキンが設立されました。
- 1970年11月:名古屋市西区に1号店の名西店が開店しました
- 1971年9月:フランチャイズ1号店として、神奈川県藤沢市に江の島店が開店しました
- 1972年10月:創業者のカーネル・サンダースが初めて来日しました。その後も1978年、1980年と来日しています
- 1973年:10月にテレビCMの放映が始まり、12月には赤坂店が100号店になりました
- 1977年:日本のファストフードチェーンで初めてのドライブスルー店舗、久米川店が開店しました
カーネル・サンダースと「クリスマスにはケンタッキー」
創業者のハーランド・サンダースは、65歳で無一文になったのち、フライドチキンのレシピを持って全米のレストランに売り込み、1,010回目でようやく最初の契約を得たと伝えられています。「カーネル」は軍の階級ではなく、ケンタッキー州から贈られる名誉称号です。日本KFCは1974年12月に初のクリスマスキャンペーンを行い、同じ1974年から毎年6月には、東伏見稲荷神社と住吉大社で、鶏への感謝を込めた「チキン感謝祭」も開いています。きっかけには諸説あり、七面鳥が手に入らない外国人客が代わりにチキンを買ったという話や、のちに社長になる大河原毅さんが、1973年ごろに幼稚園からクリスマス会の手伝いを頼まれ、口コミで学校からの注文が増えた話が伝えられています。1985年には、ケーキやサラダ、チキンを樽形の容器に入れた「パーティバーレル」も登場しました。なお、NHKの「きょうの料理」では、ケンタッキーの日本進出前の1959年にクリスマスのローストチキン、1967年にフライドチキンが紹介されていました。
今日の過ごし方
- ランチや夕食に、KFCや地元の鶏料理店のフライドチキンを選んでみる
- 「1号店は名古屋にできた」「万博の実験店は1日に280万円売り上げた」といった話を、雑談のネタにしてみる
- 65歳から挑戦したカーネル・サンダースの話を、朝礼や社内報で紹介してみる
- 家でフライドチキンを作って、家族や仲間で味を比べてみる
ひとつの店から始まった、日本のチキン文化
名古屋の1号店から始まったKFCは、いまや日本のクリスマスにもなじみ深い存在です。11月21日は、その原点になった開店の日を思い出す日です。
朝礼・スピーチで使える一言ネタ
今日11月21日は『フライドチキンの日』です。1970年のこの日、ケンタッキー・フライド・チキンの日本1号店がオープンしました。「クリスマスにはケンタッキー」というキャンペーンは1974年に始まり、日本独自の文化として定着したそうです。ひとつの企画が文化になる、夢のある話ですね。
朝礼・社内報・スピーチの話題にそのままお使いいただけます。
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